アニメの感想・思い出を語らう部屋

好きなアニメ作品の感想、考察、思い出を書いていくブログです。他にもゲーム・特撮・漫画・映画やドラマのことも書いていこうと思います。

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「希望っていうのはタチの悪い病気だ。それも人に伝染する。紘汰さん、あなたはね、そうやって病原菌を撒き散らしているんですよ!」

上記の台詞は35話の後半で光実が紘汰に言い放ったものである。

この台詞にイラっとした人はかなりいることと思う。

アニメや漫画では希望という言葉は割と出てくる。

まだ希望はあるとか、そういう台詞回しは多い。

その「希望」という言葉の意味を説明しろと言われたら、俺は即答できないので調べてみた。

一般的には

あることの実現をのぞみ願うこと。また、その願い。

将来に対する期待。また、明るい見通し。

という意味だ。

反対に絶望とは、

すっかり望みをなくすこと。希望を失うこと。

という意味である。

どんな苦境に陥っても希望を捨てない人間と、容易に諦めてしまう人間のどちらが強く魅力的な人間かと問われたら前者と答える人間が多数だろう。

だが、現実的に考えてどうにもならないとわかりきった状況下でも決して望みを捨てない人間と、素直に現実を受け入れる人間のどちらが利口な人間かと問われたなら、後者と答える方がいるのではないか。

この鎧武という作品の登場人物が向き合っているヘルヘイムの侵略という大問題は、解決できる問題なのか判断が難しい。

ヒーロー番組なので、最後は必ずハッピーエンドか何かしら救いのある結末になる。

だから希望を捨てないという考えは正しいように思える。

しかしどう頑張ってもすべての人類を救えないなら、紘汰のような人間は確かに愚か者なのだ。

ユグドラシルにはプロフェッサーやシドのような悪党がいるため、紘汰達が正義の味方に見える。

だが貴虎のような人物しかいない場合は、紘汰達が馬鹿に見えるかもしれない。

この35話の段階では、知恵の実の詳細が不明であるため確実に人類を救える保証はない。

光実はやっていることは極めて自己中心的であるが、言っていることは正論であることが多く簡単に否定はできない。

それがまたイライラするところなのだが・・・、これは製作側のキャラ作りがうまいとしか言いようがない。

希望を信じ続けることが常に正しいわけではないのかもしれない。

正論を語る人間が信頼できる好人物とは限らない。

紘汰と光実を見ていると、なんかそう思えてくる。

この2人がすれ違ってしまった原因はなんなのか。

人を疑うことを知らず、他人の悪意に鈍感な紘汰の性格に問題があるのか。

一見とてもいい子に見えるが、そう振舞うのがうまいだけで実際は自己中心的で内面がどす黒い光実の本性が元凶なのか。

両方と答える方が多そうだが、一言で言うなら性格の不一致ではないだろうか。

甘ちょろい理想主義者と堅実な現実主義者が相容れないのは無理もない気がする。

もっというなら、他人のために戦う紘汰と自分のために戦う光実がだんだんすれ違っていくのは必然ではないか。

青臭い正義感が人類を救うという確固たる理念に昇華したのに対し、自分の大切なものを守りたいという願いが自分に都合のいい居場所だけがあればいいという悪意に変貌しているのだ。

光実は戒斗と違う意味で紘汰の対極にいる人物だと言える。

彼が実行しようとしたノアの箱舟計画は舞によって否定されることとなる。

舞は安易に紘汰を信用しているわけではなかった。

仲間として信頼はしているのだろうが、舞が信じているのは希望だった。

舞は紘汰と同じ希望を信じているのだ。

同じ希望を信じることで、紘汰にだけ苦しみを背負わせないようにしていた。

仲間だからである。

しかし、その想いは光実に届かない。

自分と舞を隔てているのが、世界を守りたい・誰も見捨てないという紘汰の希望である判断した光実はそれを壊すべく行動を開始した。

そしてとうとう紘汰と影で見ていた貴虎の前で本性を現した。

腹が立ったのは、裕也を倒して舞を救ったことを誇るべきだと言ったことだ。

最悪の状況下で最善の選択をしたと光実は言った。

その通りではあるが、親友を殺して生き延びたことがどれほど深い心の傷になるのか真剣に考えたのかと言いたくなった。

お前にとって重要なのは舞が助かったという事実だけだろうが、と思わずにはいられなかった。

紘汰が光実!と叫んだシーンは印象的だ。

これは佐野君のアドリブらしい。

次回は兄弟対決だ。

勝敗がどうなるかは次回予告が物語っている。





久々に見るせいなのかドキドキした。

なんか知らないけどドキドキした。

思い入れの強い作品を見るときは、内容がだいたいわかっていてもドキドキしてしまう。

アーチャーの裏切り方が原作よりきつめだった。

ゲームでは話だけで裏切ったが、アニメでは戦いに突入したため荒っぽい方法で裏切った。

士郎もかっこよく助けに入ったはいいが、葛木に吹っ飛ばされて凛に覆いかぶさるところはかっこ悪かったな。

セイバーも今回はうなり声だけで台詞が終わった。

キャスターがセイバーを虐めまくるシーンは有名で、一部では需要がありそうな気もするが俺は好かない。

だってキャスターを見てると腹が立つんだもん。

このアニメを見ていると、凛ルートをはじめてプレイしていた頃を思い返す。

セイバーを奪われ凛に冷たく突き放されたときは気分が沈んだが、その後即座にこういう展開になったので陰気な気持ちは吹っ飛んでしまったのだ。

外人墓地で背中合わせで語り合う士郎と凛のシーンは名場面の一つだ。

凛が士郎の言葉で思わず涙を流すシーンは劇場版ではカットされている。

したがってアニメ化は今作が初、綺麗に描けていた。

立ち絵では涙ぐむ程度のものだったが、結構がっつり泣いていた。

いつも強気でイケイケの凛だが、実は強がっているだけで内面は意外に脆いこと表したシーンだ。

そのあと外人墓地で士郎からかなりストレートな告白をされる。

ぶっちゃけ見ているほうが恥ずかしい。

人によっては凛が士郎に惚れる理由がわからないという方もいるようだが、このシーンを見ると割りと納得できる。

この後凛は士郎に助けられたお礼を言うわけだが、原作よりかわいい印象を受けるシーンになっていてとてもよかった。

この話を見て、後悔しない人間がどういうものか少し考えさせられた。

凛も士郎も後悔はしない人間だ。

士郎に言わせれば、凛は後悔したらしたで倍返しにして採算を合わせる奴だという。

そして自分はツギハギだらけだと語る士郎。

後悔はしないと。今まで歩いてきた道が正しいと信じることで、起きてしまったあらゆる悲劇を無意味なものにしたくないだけ。

だからツギハギで誤魔化しているということらしい。

なんとも重い言葉である。

己の信じた道を突き進んだ結果、悲劇に見舞われ犠牲が出てしまったらどうするか。

大抵後悔する羽目になるだろう。

それを乗り越えて、さらにその先へと進んでいくことが正しいのか間違いなのか。

士郎は、自分は意地を張ってやせ我慢をしていると語る。

それに対して凛はへこませた後が恐ろしいとのこと。

士郎は、凛の進む道はいつだって胸を張れるものだと信じていた。

この点はアーチャーも同じだった。

凛は最後まで後悔しないでいられるタイプの人間だと言い切ったのだ。

アーチャーにとっても凛はまぶしい存在だったはずだ。

初回1時間スペシャルじゃなかったのは不満だったが、いいシーンがてんこ盛りだったので満足だ。

次回はキャスターの本来のマスターが登場するらしい。

たいして興味はないのだが、実際にアニメにされるとそれなりに気になるな。

このアニメを見続けた感想としては、面白かったの一言に尽きる。

が、ED詐欺のせいですっきりしなかった。

話としてはきれいに終わっているが、EDはいつも通りのものを流した。

ここは特別エンディングではないのか。

何かサービスシーンはないのか。

というか最後にレオンとララのツーショットを見せられても感動も何もない。

これはED詐欺ではないという噂があるが、これはDVDブルーレイに収録される予定の未放映話で補完されるのだろうか。

面白かったけど、なんか胸がモヤモヤする。

ララが死ぬなら、エンディングのツーショットはそれを暗示したものにしてほしかった。

その方がドキドキしたかもしれない。

それからレオンとエマのベットインは必要だったのか?

レオンの成長を促すのなら、ララの犠牲だけで充分だろうよ。

エマに慰めが必要だったということか?

座談会はDVDに収録して、もう1話本編に費やしてほしかったよ。

そういえば前に自らの命と引き換えにホラーを封じ続けた法師がいたけど、あれって複線だったのかな・・・

この牙狼という作品が他のヒーロー番組と大きく違うのは、戦いが終わらないという点だ。

通常のヒーロー番組なら悪の組織や種族を壊滅させればめでたしめでたしなのだが、

牙狼の場合は人間がいるかぎり戦いが永遠に続くのである。

ホラーは決して滅びない。

魔界という世界を消すことができないため、永遠に人間を喰らいつくそうとするのだ。

だから魔戒騎士や魔戒法師の戦いは終わらない。

したがって、人々を守り続けることに嫌気がさす者が現れても不思議ではないのだ。

永遠に続く戦いの中で強敵として立ちはだかるのは、伝説級のホラーと道を踏み外した騎士や法師なのだ。

牙狼の歴史も10年目になる。

10年目にして初のアニメ化、不安もあったが従来のシリーズに比べて深いテーマに切り込んだと思っている。

ドラマよりアニメの方が登場人物の心情はわかりやすい。

そういった利点を活かせていたと思う。

このアニメでは「永遠」という言葉を一つのテーマにしていた。

本作品の悪役・メンドーサは自分達のような力ある者が人の上に立つべきだと言った。

守りし者の生き方は古いのだと、そういって人の生き血を媒介にした魔道具を開発し、元老院を破門された。

この時に永遠さえも手に入ると老魔戒法師に豪語して、「人は子を成すことで永遠を手に入れている」と一蹴され、落伍者の刻印を刻まれた。

これが原因で騎士や法師を逆恨みしたことが、復讐のきっかけとなった。

単なる復讐ではなく、己の宿願を兼ねたものだったのが実に悪辣だった。

この男の求める永遠とは、伝説のホラーと融合することで滅びることのない体を手に入れることだった。

神にも等しい存在になったメンドーサはレオンの語る守りし者の想いを、ドブネズミの想いと蔑んだ。

かつて元老院の老師に言われた「子を成すことで永遠を手にしている」という理屈を、子を成す前に殺してしまえば絶たれる脆い物と一蹴した。

永遠に続く戦いの中で魔戒騎士達は己の子孫だけでなく、鎧と共にその志を繋いでいるのだ。

それが守りし者の永遠だと、レオンは語る。

騎士や法師が一人でも残っていれば、守りし者の想いは繋がっていく。

父ヘルマンから教わったことだった。

守りたいものを得て、それをすぐに失ってしまったことで初めて理解したのだ。

人々をドブネズミと蔑むメンドーサには到底理解できない理屈だっただろう。

死なない体は人間であれば一度は欲するものだろうが、本気で追い求めるようなものではない。

メンドーサには元々人間の心がないのかもしれない。

ゾロとガロの鎧を融合させ、その力でメンドーサを魔界に閉じ込めようとするレオン。

そんなレオンを救ったのは、炎の刻印だった。

刻印には母アンナの魂が宿っていた。

異様に美人だった。回想の彼女と違いすぎないか?

エスメラルダに似てた、いや似せたのか?

レオンを身ごもって出産するまでの間にずいぶん変わったな。

前々から気になったいたのは、第1話でヘルマンがアンナを救出しようとしなかった理由だ。

ソウルメタルの特性のせいか、アンナが手遅れだったのか。

ヘルマンは崖の上でレオンに、あれがお前のためにアンナが燃やしている命だと言った。

どういう意味かわかりかねたが、最終話にしてようやくわかった。

アンナはレオンに炎の守りを、ヘルマンはレオンに戦う力を授ける。

それが死に際の会話で交わされた約束だったようだ。

デメリットばかりと思われた炎の刻印は、我が子を守る力であると同時に悪を封じるものでもあった。

死なない体となったメンドーサは永遠に業火で焼かれるという末路を迎えた。

まさに因果応報である。

己こそが最も欲にまみれた醜悪な人間であると、そう自覚できなかった男には相応しい結末だ。

両親の魂は魔界で悪を封じ続ける。

それはそれで辛いものがある。

父は最後に息子の成長を認めた。

最後までブレない親父だったな。

ようやく平和になったヴァリアンテ。

アルフォンソは最後に年相応の反応を見せた。

ヘルマンの影響を受けてしまったのか、やたらかわいい貴族の女の子を意識しまくっていた。

ガイアの鎧は失われた。今後はただの王子として生きていくのか。

エマは里帰りをするという。

レオンにもっといい男になれと言い残した。

そうすれば相手をしてやると言わんばかりだった。大人の余裕である。

自分に相応しい男になれという意味だったかは本人のみぞ知る。

ヒメナさんはヘルマンの子を身ごもっていた。

これはみんな予想していただろう。

ゾロの鎧はきちんと受け継がれていくようだ。

ヘルマンの守りし者としての想いは、レオンが兄として教えるのだろう。

レオンはかつて母の死を見たあの崖で、自分が守りし者の魂を繋いでいくことを誓うのだった。

本作はこれで終わりだ。第2期に期待したい。

一番の見所はやはりガロとゾロの融合体が戦闘するところかな。

ホラーと融合することで死なない体となったメンドーサと、父の鎧と融合することで新たな力を生み出したレオンとの戦いはこの作品の集大成と言えるだろう。

死なない体を得ることが永遠であると思っているメンドーサと、守りし者の想いを繋いでいくことが価値ある永遠であると信じるレオンとの戦いは一つの回答を出した。

メンドーサは死なない肉体を得たことで、永遠に業火で焼かれる羽目になった。

正しくあろうとした守りし者達の想いが、邪悪を封じたのである。

己のみを優先し、他者を全く顧みないで生きてきた愚かさがこの結末を招いた。

数えきれないほどの人々を犠牲にした結果、その犠牲によって地獄へ落とされたのだ。

他者を守ろうとし、その想いを後世へ繋ごうとした人々が平和を掴んだ。

戦いは終わらないが、正しくあろうとする人々でなければ正しい未来は掴めない。

醜悪な欲望を求める者には必ず裁きが下るということだ。

救いのない者は救いのない結末を迎える。

こんな末路を迎えた悪役はメンドーサが初めてではないか。

レオンは今後の成長が楽しみである。

ララと死別したこともあるし、第2期では新ヒロイン登場とはいかないだろうな・・・

早くTV未放送の話が見たいです。

すっきりしないんだよな~

EDのツーショットのせいで!




最後まで見た感想を一言で言うなら、「よくわからん話だった」と言わざるを得ない。

結局何がなんだかわからないままだった。

最終回の印象としては、マスクの一人相撲を見せられた気分だ。

人種差別が原因でコンプレックスを抱えているマスクは、何度となく煮え湯を飲まされたベルリを異常に敵視していた。

将来独裁者になるようなものはこの世からされという発言はかなり極端で、ベルリをまるで理解していない印象を受ける。

ベルリにはマスクを意識しているような描写はなく、争いを止める為に奔走していたためマスクを相手にしていない。

マスクに生まれを妬まれているベルリだが、彼はそれが原因で苦しんだりしている。

それとマニィ、暴走した彼氏を止めるのはお前の役目じゃないのか。

ルインのためにもいなくなってとはどういうことだ?

前回より感情がエスカレートしているだろうが。

ベルリがいるかぎり、憎しみを吹っ切れないと思ったのだろうか?

強敵との対決はもっと胸が熱くなるものと思ったが、正直うざったかった。

結局ベルリは倒せず、マニィと旅にでたルインは憑き物が落ちたように綺麗な顔をしていた。

そこに至るまでの経緯を教えろよ。

最後は日本の富士山で締めくくるとは予想外だった。

気になったから見たけど、見てよかったとは思わない。

これが、このアニメに対する俺の結論だ。

様々な策謀が交差する鎧武。

もはや子供向け番組の枠を超えはじめており、人を選ぶ作品になってきた気がする。

主人公サイドは人類を救うことを目的としている。

悪役サイドは欲望のままに生きることを目的としている。

その欲望は様々で、自身の研究のためだったり、世界を我が物にすることだったり、自分の都合のよい場所をつくるためだったりと色々である。

プロフェッサーやレデュエなどは終始一貫した目的で動いているが、だんだんと目的が変わっていったのが光実である。

最初はずっとチームにいたいから、という目的で嘘をつき続けていた。

ユグドラシルの計画や、ヘルヘイムの真実を知って自分なりにみんなを守ろうとしていた。

それがいつの間にか、自分の理想の居場所を作るというものに変わっている。

途中で道を完全に踏み外している。

何故こうなったのか?

わかりやすく言えば、向きあうべき問題から逃げ続けてきたせいだ。

最初からみんなに本当のことを話せばよかったのではないか。

そう思わずにはいられなかった。

知恵の実争奪戦はだんだんと過酷さを増してきた。

以前サガラはデェムシュの破壊衝動など序の口だと言っていた。

確かにレデュエの歪んだ欲望を見ると納得である。

単なる支配欲ではなく、玩具と見なした対象を弄んで最後には壊してしまう。

そしてそれをずっと繰り返すのだ。

グリードよりたちが悪い。

それに人類の科学技術に順応するのが早すぎる。

強大な力をもつロシュオより、レデュエのほうがある意味厄介な相手だ。

ロシュオから知恵の実を貰い受けるために、人攫いを始めたレデュエ。

人間を生贄にしてヘルヘイムの女王を復活させようというのだ。

ヘルヘイムの女王を復活させれば、ロシュオが知恵の実を使う必要はないということらしい。

知恵の実は直接摂取しなければ効果を得られないものだという。

実際に口にしたロシュオだが、一度失われた命を戻すことはできないという。

死者は蘇らない。

この当たり前の理屈を覆す力は、知恵の実にはないらしい。

34話のよかったところは、湊さんが光実を切って捨てたところかな。

視聴者の言いたいことをだいたい言ってくれている。

あと気になったのは紘汰の台詞だ。

「姉ちゃんも餌だったのか!」

お前頭悪いのか・・?

って思ってしまった。

レデュエの宣戦布告に対して、人類は沢芽市にミサイルを撃ち込むという選択をした。

決断が早すぎるが、この選択自体はそう否定できるものではない。

オーバーロードやヘルヘイム、アーマードライダーの情報が不足している人達からすれば、状況を判断する材料が少ないのだ。

未知の生物の侵略から人類を守るにはどうするのが最も合理的かと考えると、少数を切り捨てて大勢の人々を救うという結論が出ても仕方がない。

日本の小さな街一つで人類が救われるならと、そう考えてしまうことを否定するのはその街にいる人間だけである。

ロシュオの力でミサイル攻撃から守られた日本だが、これがきっかけで光実はオーバーロードと戦うことを完全に放棄した。

勝ち目のない相手とは戦わないということである。

世界が終わったあと、自分の理想の場所をつくればいい。

とうとう人類の救済にも興味がなくなった光実。

善意が悪意へと変わり、光実はその悪意のままに行動してきた。

彼の悪意の行き着いた先は、自分の都合のいい人間だけを生かすという身勝手極まりないものだった。




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北海道で農家を営む30代男です。

アニメ作品の思い出をブログで綴っていきます。

感想、自分なりの考察も書いていくブログです。

読んでいただければ幸いです。

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