アニメの感想・思い出を語らう部屋

好きなアニメ作品の感想、考察、思い出を書いていくブログです。他にもゲーム・特撮・漫画・映画やドラマのことも書いていこうと思います。

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今回はイリヤファンの方にはきつい内容だったに違いない。

別にイリヤが特別好きではない俺でもきつかった。

視聴後はyoutubeでタイころのイリヤルートの動画やプリズマイリヤを見て傷を癒した。

仕事が丁寧なのは結構なことだが、こういう部分まで原作に忠実なのは良し悪しである。

切嗣が聖杯を破壊したあと、イリヤがアインツベルンでどのような時間を過ごしてきたのか。

それが非常に丁寧にアニメ化されており、とてもよいのだがそれがきついという矛盾した気分になった。

父の帰りを待つイリヤだったが、いつまで待っても父は帰ってこない。

代わりにやってきたのは黒い泥だった。

おそらく聖杯の中身だ。

黒い泥は母の形となってイリヤに残酷な現実を伝える。

父が母を殺したと、自分達を裏切ったのだと、母の亡霊は語る。

発狂するイリヤ。

どうやら切嗣が聖杯の中でどのような決断をしたのか、それを見せられたようだ。

言峰との最終決戦のとき、決着がつく寸前で2人は聖杯の中身に触れた。

聖杯は切嗣を勝者として見ており、願いを叶えようとした。

世界平和という願いを、イリヤとアイリスフィールと自分以外の全人類の抹殺という形で実行しようとした。

切嗣はそれを止めるために、聖杯を拒絶し破壊した。

聖杯の中で、本物ではないとはいえイリヤとアイリを殺したのだ。

家族2人と60億の人間の命、どちらをとるべきか。

究極かつ非常に理不尽なその選択を、切嗣は間違わなかった。

躊躇わずにイリヤの顔を銃で吹き飛ばし、怒り狂うアイリの首をへし折った。

情がないのではない。心と体を完璧に切り離せる技術を持っていただけ。

あの光景を見せられたのなら、憎しみを抱くのも無理はない。

アハト翁の教育だけが憎しみを増大させたわけではなかったようだ。

この黒いアイリはアイリの殻を被ったアンリマユだろう。

人格は紛れもなくアイリのものだが暗黒面が露出した状態であり、本来のアイリの性格には程遠い。

だが容易に偽物と切り捨てられるものでもなく、あのような状況が現実であったならアイリ本人もああいう人格を形成した可能性はある。

5年後、切嗣は聖杯の呪いによって体を蝕まれて死亡した。

アンリマユはその事実をイリヤにわざわざ伝えにきた。

この時イリヤは、ぬいぐるみでいっぱいだった暖かい部屋ではなく、無機質な寒い部屋で孤独に耐えていた。

自分と母を捨てた切嗣が家族を持ったと知り、それがとどめになったのか、完全に憎しみに心を囚われたようだ。

この黒いアイリを見て、俺は呪怨を思い出した。ホラーだよこれじゃ・・・

その後イリヤは、第5次聖杯戦争に勝利するために地獄のような日々を過ごす羽目になった。

外科的な方法で全身に令呪を刻まれ、数え切れないほどのホムンクルスが廃棄される様を見せられ、もはや何も信じられなくなっていった。

役目を果たす為だけに生まれ、そして切り捨てられていく。

すべては聖杯を手に入れるため、そこには理念も何もない。もはや自分の意思すらない。

失われた第3魔法の再現、それに固執するアインツベルンの妄執を誰より憎んでいたのはイリヤだったのかもしれない。

聖杯戦争の2ヶ月前、ヘラクレスが召喚された。

イリヤ本人が召喚したわけではないようだ。

聖杯のバックアップがない状態で狂化したヘラクレスを制御するのは極めて困難であり、イリヤは激痛に襲われた。

そして最終試験として、イリヤは極寒の雪山に放置された。

生き延びることができたら、冬木に行くことができる。

未だにバーサーカーを制御しきれず、イリヤは飢えた狼に襲われて死にかけた。

このシーンは門脇嬢の演技も相まってかなりのクオリティを誇る。

きついシーンなのに何故か二回見てしまった。

イリヤがガチで食われそうになっているのがすごかった。

バーサーカーが助けに来たことで致命傷を免れたイリヤは、そこで初めてバーサーカーの意思を知る。

彼は自分の意思でイリヤを守ろうとしていた。

これがきっかけで2人の間には強固な絆が芽生えた。

その思い出のあとに、バーサーカーがギルガメッシュによって倒されるのだからきつい。

思い出はやはり死亡フラグなのか・・・

劇場版ではすぐに心臓を抉り出されたイリヤだが、それは来週に持ち越しのようだ。

しかし殺し方が酷い。幼児虐待でもここまで酷いものはない。とにかく痛々しい。

両目を切り裂かれ、肺を貫かれたイリヤは、最後にバーサーカーの存在を感じながら息を引き取った。

士郎は当然助けようとした。凛が必死に止めたが。

本作は士郎という人間を客観的に見ることをテーマにしているらしい。

原作では士郎の心情が描かれていたので、たいして抵抗はなかったが、こうやって見ると確かに異常である。

ネットでは批判するコメントも多い。

無理もないのだが、気分が悪くなった。原作をきちんとプレイしようよ。

このアニメは凛と同じ視点で士郎を見ているということか。

ゲームではこのとき選択肢がある。

ギルガメッシュを止めるか、自分を押し止めるか。

男を止めるという選択肢が、正解っぽかったので迷わず飛び出す選択をしたのを今でも覚えている。

凛ルートでは、士郎とイリヤの接点がほとんどない。

こうなるとセイバールートのアニメが非常に貴重なものに思えてくる。

士郎とイリヤの交流が微笑ましく描かれているのだ。

しかもイリヤ死なないし。

ここ最近はヤングエースで切嗣とアイリの馴れ初めがコミック化していて、それを読むとなおさら辛くなる。

なんでイリヤ殺すんだよ・・・って思ってしまう。

しかし凛と士郎がイチャイチャするにはイリヤは邪魔なのかも・・・

原作プレイ当初はそんな風に感じていた。

10年たった今、その気持ちが変化するとは思わなかった。

プリズマイリヤ効果かもしれない。

エンディングはお通夜バージョンなどと言われている。

確かにそんな感じだ。

そういえばセイバールートのアニメでは14話くらいでアーチャーが死亡し、特別エンディングが流れていた。

この時死亡したアーチャーの正体が凛ルートで判明し、今回死亡したイリヤの正体が桜ルートで詳細にわかるわけである。

つまり、正体を補完しきれないキャラは中盤で退場してしまうのだ。

シナリオ構成上の問題ということか?

でも納得できねぇよ。ワカメが死ねばよかったのに・・・

次回、士郎の歪みがわかる。

劇場版では簡素なものだったが、テレビではどうなるか。

可愛い凛がまた見られそうだな。
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今回登場するキャスターの本来のマスターは原作ゲームで語られていた特徴とかなり違う。

原作では中肉中背、年は30代で特徴のない男だと言われていた。

戦う気がないくせに勝利ばかり夢見ているという小物ぶりで、あっさりキャスターに見限られて殺される羽目になった。

本作で登場するキャスターの最初のマスターの名はアトラム・ガリアスタという金髪で褐色の肌のイケメンである。

こいつがキャスターの主観で上記のような特徴のない男に見えたとはとても思えないので大幅な設定改変と思っていいだろう。

ネットでは石油王の息子とか言われている。的確な表現だな。

性格に良い点は全く見当たらず、原作とは別の意味で小物である。

財力に物を言わせて女をはべらし、ハーレム状態の中でキャスターに接する様を見ると、キャスターがとても可哀想に見える。

タブレット型の端末や機械的な施設など、魔術に現代の文明機器を使用しているのを見て異端の魔術師かと思ったが、どうやらアトラス院の魔術師であるらしい。

アトラスの魔術師は機械を使うのか・・・初めて知ったよ。

そういえばシオンさんは拳銃を使ってたし、数字にもうるさかった。

思えば拳銃を使用している段階で通常の魔術師とは異なっているのだ。

アトラムは奴隷商人から購入したのか、無抵抗な子供を魔術の生贄にした。

小物な上に残忍とは救いようがない。

前回のランサーのマスターであるケイネスを馬鹿にするくらいなのだから、それなりに腕が立つのだろうがキャスター相手では自慢にもならない。

極悪な魔女と思われたキャスターにも一応魔術師としての矜持があるのか、命の無駄遣いは下作だといい工房を閉鎖するようアトラムに進言した。

自尊心を傷つけられたアトラムは令呪で自分に対する宝具の使用を禁じ、キャスターを殴りつける。

狙ってキャスターを召喚したようだが、期待していた能力を持たないために不満を募らせ、監督役の言峰に別のサーヴァントとの契約が可能か相談を持ちかけた。

ランサーのマスターであるバゼットとも交流があるらしい。

彼女は既に言峰にだまし討ちされている。

ん?ホロウでバゼットは柳洞寺の魔女と前哨戦をしたと言ってなかったか?

記憶違いかな?まあアトラムの存在に比べれば些細なことだ。

サーヴァントと信頼関係を築いていたバゼットがアトラムのキャスター討伐要請を受けるかどうかは微妙である。

召喚されていないクラスはアーチャーとセイバーのみだった。

優秀な魔術師がセイバーやアーチャーのような強力なサーヴァントを得るのはどう考えても脅威でしかない。

アトラムのような男が高潔な騎士と良好な関係を築けるとは考えにくいので、自滅させるという意味では悪くない選択かもしれないが。

王女メディアの逸話はアトラムの主観では、裏切りの魔女の話にしか見えないようだ。

しかしメディアの逸話は一人の王女の悲劇の話であり、キャスター自身も故郷に帰りたかっただけだと語っている。

悪女のように振舞っているが実際は比較的善良な女性で、周囲が魔女と罵るからふてくさってしまったというのが本作の設定である。

葛木先生との出会いはもっと掘り下げてほしかったが、全年齢だし仕方がない。

凛と士郎はイリヤと手を組むべくアインツベルンの城を目指す。

が、この時イリヤはギルガメッシュの襲撃を受けていた。

原作では士郎の主観であるため、既にバーサーカーが劣勢に立たされており、イリヤも怯えていた。

そしてバーサーカーは倒されてしまうわけだが、この時気になったのはセラとリズがどうなったのかということだった。

あの2人がイリヤの護衛を放棄するわけがないので、殺されたと予想していた。

全く掘り下げられなかったが、まさかのアニメ化である。

喜んだ人もいれば、トラウマになった人もいるかもしれない。

ここ最近はプリズマイリヤがアニメになっているし、イリヤやセラリズが好きな方は多いだろう。

そんな人から見れば結構きついシーンかもしれない。

セラリズはギルガメッシュによってあっさり殺された。

リズは串刺し、セラは串刺しの上に斬首である。

ギルガメッシュからすれば情けで介錯したつもりのようだが・・・

これに激怒したイリヤはバーサーカーにギルガメッシュの抹殺を命じる。

イリヤはアイリスフィールがいた郊外の城に士郎がくることを喜んでいるように見えた。

何か胸にくるものがあるようだ。

士郎には亡き父について聞きたいことがあったようだが、その願いがかなわないと知っているだけに悲しいものがある。

あとワカメが完全にギャグ担当になっていた。

面白可笑しい道化のままであればいいのだが、ギルガメッシュのマスターなんて立場になったため不愉快極まりない真似をする。

ほっぺたなめるシーンは見たくないなぁ・・・

衛宮邸での凛と士郎のやりとりを見て、士郎の考え方がおかしいという人もいるようだ。

正義の味方になりたいという理想が、現実の人々に受け入れられないのは当然ではある。

実際にこんな奴がいたら大馬鹿者にしか見えないし、頭がおかしいとしか思えないだろう。

こういう世界観だし、突っ込んだら負けって気もする。

俺も士郎は大馬鹿者と思っているが、決して嫌いではない。

こういう奴がいてもいいと思えるのだ。

それは凛も同様だろう。

おかわりしたときの顔がかわいい。

次回イリヤの過去がアニメ化される。

楽しみなんだが、イリヤが死ぬのは見たくない。

でもこのルートで死を回避するのは不可能なんだよなぁ・・・


「希望っていうのはタチの悪い病気だ。それも人に伝染する。紘汰さん、あなたはね、そうやって病原菌を撒き散らしているんですよ!」

上記の台詞は35話の後半で光実が紘汰に言い放ったものである。

この台詞にイラっとした人はかなりいることと思う。

アニメや漫画では希望という言葉は割と出てくる。

まだ希望はあるとか、そういう台詞回しは多い。

その「希望」という言葉の意味を説明しろと言われたら、俺は即答できないので調べてみた。

一般的には

あることの実現をのぞみ願うこと。また、その願い。

将来に対する期待。また、明るい見通し。

という意味だ。

反対に絶望とは、

すっかり望みをなくすこと。希望を失うこと。

という意味である。

どんな苦境に陥っても希望を捨てない人間と、容易に諦めてしまう人間のどちらが強く魅力的な人間かと問われたら前者と答える人間が多数だろう。

だが、現実的に考えてどうにもならないとわかりきった状況下でも決して望みを捨てない人間と、素直に現実を受け入れる人間のどちらが利口な人間かと問われたなら、後者と答える方がいるのではないか。

この鎧武という作品の登場人物が向き合っているヘルヘイムの侵略という大問題は、解決できる問題なのか判断が難しい。

ヒーロー番組なので、最後は必ずハッピーエンドか何かしら救いのある結末になる。

だから希望を捨てないという考えは正しいように思える。

しかしどう頑張ってもすべての人類を救えないなら、紘汰のような人間は確かに愚か者なのだ。

ユグドラシルにはプロフェッサーやシドのような悪党がいるため、紘汰達が正義の味方に見える。

だが貴虎のような人物しかいない場合は、紘汰達が馬鹿に見えるかもしれない。

この35話の段階では、知恵の実の詳細が不明であるため確実に人類を救える保証はない。

光実はやっていることは極めて自己中心的であるが、言っていることは正論であることが多く簡単に否定はできない。

それがまたイライラするところなのだが・・・、これは製作側のキャラ作りがうまいとしか言いようがない。

希望を信じ続けることが常に正しいわけではないのかもしれない。

正論を語る人間が信頼できる好人物とは限らない。

紘汰と光実を見ていると、なんかそう思えてくる。

この2人がすれ違ってしまった原因はなんなのか。

人を疑うことを知らず、他人の悪意に鈍感な紘汰の性格に問題があるのか。

一見とてもいい子に見えるが、そう振舞うのがうまいだけで実際は自己中心的で内面がどす黒い光実の本性が元凶なのか。

両方と答える方が多そうだが、一言で言うなら性格の不一致ではないだろうか。

甘ちょろい理想主義者と堅実な現実主義者が相容れないのは無理もない気がする。

もっというなら、他人のために戦う紘汰と自分のために戦う光実がだんだんすれ違っていくのは必然ではないか。

青臭い正義感が人類を救うという確固たる理念に昇華したのに対し、自分の大切なものを守りたいという願いが自分に都合のいい居場所だけがあればいいという悪意に変貌しているのだ。

光実は戒斗と違う意味で紘汰の対極にいる人物だと言える。

彼が実行しようとしたノアの箱舟計画は舞によって否定されることとなる。

舞は安易に紘汰を信用しているわけではなかった。

仲間として信頼はしているのだろうが、舞が信じているのは希望だった。

舞は紘汰と同じ希望を信じているのだ。

同じ希望を信じることで、紘汰にだけ苦しみを背負わせないようにしていた。

仲間だからである。

しかし、その想いは光実に届かない。

自分と舞を隔てているのが、世界を守りたい・誰も見捨てないという紘汰の希望である判断した光実はそれを壊すべく行動を開始した。

そしてとうとう紘汰と影で見ていた貴虎の前で本性を現した。

腹が立ったのは、裕也を倒して舞を救ったことを誇るべきだと言ったことだ。

最悪の状況下で最善の選択をしたと光実は言った。

その通りではあるが、親友を殺して生き延びたことがどれほど深い心の傷になるのか真剣に考えたのかと言いたくなった。

お前にとって重要なのは舞が助かったという事実だけだろうが、と思わずにはいられなかった。

紘汰が光実!と叫んだシーンは印象的だ。

これは佐野君のアドリブらしい。

次回は兄弟対決だ。

勝敗がどうなるかは次回予告が物語っている。





久々に見るせいなのかドキドキした。

なんか知らないけどドキドキした。

思い入れの強い作品を見るときは、内容がだいたいわかっていてもドキドキしてしまう。

アーチャーの裏切り方が原作よりきつめだった。

ゲームでは話だけで裏切ったが、アニメでは戦いに突入したため荒っぽい方法で裏切った。

士郎もかっこよく助けに入ったはいいが、葛木に吹っ飛ばされて凛に覆いかぶさるところはかっこ悪かったな。

セイバーも今回はうなり声だけで台詞が終わった。

キャスターがセイバーを虐めまくるシーンは有名で、一部では需要がありそうな気もするが俺は好かない。

だってキャスターを見てると腹が立つんだもん。

このアニメを見ていると、凛ルートをはじめてプレイしていた頃を思い返す。

セイバーを奪われ凛に冷たく突き放されたときは気分が沈んだが、その後即座にこういう展開になったので陰気な気持ちは吹っ飛んでしまったのだ。

外人墓地で背中合わせで語り合う士郎と凛のシーンは名場面の一つだ。

凛が士郎の言葉で思わず涙を流すシーンは劇場版ではカットされている。

したがってアニメ化は今作が初、綺麗に描けていた。

立ち絵では涙ぐむ程度のものだったが、結構がっつり泣いていた。

いつも強気でイケイケの凛だが、実は強がっているだけで内面は意外に脆いこと表したシーンだ。

そのあと外人墓地で士郎からかなりストレートな告白をされる。

ぶっちゃけ見ているほうが恥ずかしい。

人によっては凛が士郎に惚れる理由がわからないという方もいるようだが、このシーンを見ると割りと納得できる。

この後凛は士郎に助けられたお礼を言うわけだが、原作よりかわいい印象を受けるシーンになっていてとてもよかった。

この話を見て、後悔しない人間がどういうものか少し考えさせられた。

凛も士郎も後悔はしない人間だ。

士郎に言わせれば、凛は後悔したらしたで倍返しにして採算を合わせる奴だという。

そして自分はツギハギだらけだと語る士郎。

後悔はしないと。今まで歩いてきた道が正しいと信じることで、起きてしまったあらゆる悲劇を無意味なものにしたくないだけ。

だからツギハギで誤魔化しているということらしい。

なんとも重い言葉である。

己の信じた道を突き進んだ結果、悲劇に見舞われ犠牲が出てしまったらどうするか。

大抵後悔する羽目になるだろう。

それを乗り越えて、さらにその先へと進んでいくことが正しいのか間違いなのか。

士郎は、自分は意地を張ってやせ我慢をしていると語る。

それに対して凛はへこませた後が恐ろしいとのこと。

士郎は、凛の進む道はいつだって胸を張れるものだと信じていた。

この点はアーチャーも同じだった。

凛は最後まで後悔しないでいられるタイプの人間だと言い切ったのだ。

アーチャーにとっても凛はまぶしい存在だったはずだ。

初回1時間スペシャルじゃなかったのは不満だったが、いいシーンがてんこ盛りだったので満足だ。

次回はキャスターの本来のマスターが登場するらしい。

たいして興味はないのだが、実際にアニメにされるとそれなりに気になるな。

このアニメを見続けた感想としては、面白かったの一言に尽きる。

が、ED詐欺のせいですっきりしなかった。

話としてはきれいに終わっているが、EDはいつも通りのものを流した。

ここは特別エンディングではないのか。

何かサービスシーンはないのか。

というか最後にレオンとララのツーショットを見せられても感動も何もない。

これはED詐欺ではないという噂があるが、これはDVDブルーレイに収録される予定の未放映話で補完されるのだろうか。

面白かったけど、なんか胸がモヤモヤする。

ララが死ぬなら、エンディングのツーショットはそれを暗示したものにしてほしかった。

その方がドキドキしたかもしれない。

それからレオンとエマのベットインは必要だったのか?

レオンの成長を促すのなら、ララの犠牲だけで充分だろうよ。

エマに慰めが必要だったということか?

座談会はDVDに収録して、もう1話本編に費やしてほしかったよ。

そういえば前に自らの命と引き換えにホラーを封じ続けた法師がいたけど、あれって複線だったのかな・・・

この牙狼という作品が他のヒーロー番組と大きく違うのは、戦いが終わらないという点だ。

通常のヒーロー番組なら悪の組織や種族を壊滅させればめでたしめでたしなのだが、

牙狼の場合は人間がいるかぎり戦いが永遠に続くのである。

ホラーは決して滅びない。

魔界という世界を消すことができないため、永遠に人間を喰らいつくそうとするのだ。

だから魔戒騎士や魔戒法師の戦いは終わらない。

したがって、人々を守り続けることに嫌気がさす者が現れても不思議ではないのだ。

永遠に続く戦いの中で強敵として立ちはだかるのは、伝説級のホラーと道を踏み外した騎士や法師なのだ。

牙狼の歴史も10年目になる。

10年目にして初のアニメ化、不安もあったが従来のシリーズに比べて深いテーマに切り込んだと思っている。

ドラマよりアニメの方が登場人物の心情はわかりやすい。

そういった利点を活かせていたと思う。

このアニメでは「永遠」という言葉を一つのテーマにしていた。

本作品の悪役・メンドーサは自分達のような力ある者が人の上に立つべきだと言った。

守りし者の生き方は古いのだと、そういって人の生き血を媒介にした魔道具を開発し、元老院を破門された。

この時に永遠さえも手に入ると老魔戒法師に豪語して、「人は子を成すことで永遠を手に入れている」と一蹴され、落伍者の刻印を刻まれた。

これが原因で騎士や法師を逆恨みしたことが、復讐のきっかけとなった。

単なる復讐ではなく、己の宿願を兼ねたものだったのが実に悪辣だった。

この男の求める永遠とは、伝説のホラーと融合することで滅びることのない体を手に入れることだった。

神にも等しい存在になったメンドーサはレオンの語る守りし者の想いを、ドブネズミの想いと蔑んだ。

かつて元老院の老師に言われた「子を成すことで永遠を手にしている」という理屈を、子を成す前に殺してしまえば絶たれる脆い物と一蹴した。

永遠に続く戦いの中で魔戒騎士達は己の子孫だけでなく、鎧と共にその志を繋いでいるのだ。

それが守りし者の永遠だと、レオンは語る。

騎士や法師が一人でも残っていれば、守りし者の想いは繋がっていく。

父ヘルマンから教わったことだった。

守りたいものを得て、それをすぐに失ってしまったことで初めて理解したのだ。

人々をドブネズミと蔑むメンドーサには到底理解できない理屈だっただろう。

死なない体は人間であれば一度は欲するものだろうが、本気で追い求めるようなものではない。

メンドーサには元々人間の心がないのかもしれない。

ゾロとガロの鎧を融合させ、その力でメンドーサを魔界に閉じ込めようとするレオン。

そんなレオンを救ったのは、炎の刻印だった。

刻印には母アンナの魂が宿っていた。

異様に美人だった。回想の彼女と違いすぎないか?

エスメラルダに似てた、いや似せたのか?

レオンを身ごもって出産するまでの間にずいぶん変わったな。

前々から気になったいたのは、第1話でヘルマンがアンナを救出しようとしなかった理由だ。

ソウルメタルの特性のせいか、アンナが手遅れだったのか。

ヘルマンは崖の上でレオンに、あれがお前のためにアンナが燃やしている命だと言った。

どういう意味かわかりかねたが、最終話にしてようやくわかった。

アンナはレオンに炎の守りを、ヘルマンはレオンに戦う力を授ける。

それが死に際の会話で交わされた約束だったようだ。

デメリットばかりと思われた炎の刻印は、我が子を守る力であると同時に悪を封じるものでもあった。

死なない体となったメンドーサは永遠に業火で焼かれるという末路を迎えた。

まさに因果応報である。

己こそが最も欲にまみれた醜悪な人間であると、そう自覚できなかった男には相応しい結末だ。

両親の魂は魔界で悪を封じ続ける。

それはそれで辛いものがある。

父は最後に息子の成長を認めた。

最後までブレない親父だったな。

ようやく平和になったヴァリアンテ。

アルフォンソは最後に年相応の反応を見せた。

ヘルマンの影響を受けてしまったのか、やたらかわいい貴族の女の子を意識しまくっていた。

ガイアの鎧は失われた。今後はただの王子として生きていくのか。

エマは里帰りをするという。

レオンにもっといい男になれと言い残した。

そうすれば相手をしてやると言わんばかりだった。大人の余裕である。

自分に相応しい男になれという意味だったかは本人のみぞ知る。

ヒメナさんはヘルマンの子を身ごもっていた。

これはみんな予想していただろう。

ゾロの鎧はきちんと受け継がれていくようだ。

ヘルマンの守りし者としての想いは、レオンが兄として教えるのだろう。

レオンはかつて母の死を見たあの崖で、自分が守りし者の魂を繋いでいくことを誓うのだった。

本作はこれで終わりだ。第2期に期待したい。

一番の見所はやはりガロとゾロの融合体が戦闘するところかな。

ホラーと融合することで死なない体となったメンドーサと、父の鎧と融合することで新たな力を生み出したレオンとの戦いはこの作品の集大成と言えるだろう。

死なない体を得ることが永遠であると思っているメンドーサと、守りし者の想いを繋いでいくことが価値ある永遠であると信じるレオンとの戦いは一つの回答を出した。

メンドーサは死なない肉体を得たことで、永遠に業火で焼かれる羽目になった。

正しくあろうとした守りし者達の想いが、邪悪を封じたのである。

己のみを優先し、他者を全く顧みないで生きてきた愚かさがこの結末を招いた。

数えきれないほどの人々を犠牲にした結果、その犠牲によって地獄へ落とされたのだ。

他者を守ろうとし、その想いを後世へ繋ごうとした人々が平和を掴んだ。

戦いは終わらないが、正しくあろうとする人々でなければ正しい未来は掴めない。

醜悪な欲望を求める者には必ず裁きが下るということだ。

救いのない者は救いのない結末を迎える。

こんな末路を迎えた悪役はメンドーサが初めてではないか。

レオンは今後の成長が楽しみである。

ララと死別したこともあるし、第2期では新ヒロイン登場とはいかないだろうな・・・

早くTV未放送の話が見たいです。

すっきりしないんだよな~

EDのツーショットのせいで!




HIT

Author:HIT
北海道で農家を営む30代男です。

アニメ作品の思い出をブログで綴っていきます。

感想、自分なりの考察も書いていくブログです。

読んでいただければ幸いです。

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